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蕎麦 どあひ 富士山麓ガイド

  富士山麓ガイド

  富士山のふもと、富士宮市の山間にそばやがあります。とてもおだやかでやさしい夫婦二人で営むそばやです。
店名の「蕎麦 どあひ」はここの地区名だと伺った記憶があります。
  
  国道469号を御殿場側から富士宮側に向かうと、村山浅間神社の手前左側に「どあひ」の案内板が見つかります。
 そこを左に下りてゆきます。道は車一台がやっと通れる農道。すれ違う場所を確認しながら進みます。
  約1km位下ると、看板が見えてきます。

 どあひ看板

店舗は森を切り開いたところにあります。周りには小さな畑もあって季節の漬物などをつくるための野菜をそだてているようです。
どあひ店舗

  メニューはシンプルでこれだけです。
どあひお品書き


  もりそばです。これは季節限定の芝平(しびら)在来そばです。信州高遠の奥、芝平地区で守られてきた在来種です。この地区は現在、全村、離村し畑だけが残っており、通いの農業で在来そばを守っています。
  それを毎年譲ってもらい打っているそうです。今年はまもなくそばの実がなくなるとご主人は言ってました。

  これは、食べている内に香りといい、こしといい、噛んでいる感じと味が口中にひろがります。言葉で言い表せない他の地区や輸入のそばとの違いが伝わってきます。  

どあひもりそば

  おしるこは左党の私でもおいしく感じるさわやかな甘さ、中の餅は、実はそばがき。そして添えられた塩昆布がおしるこの味をさらに引き立たせる。
どあひおしるこ

  そばから作った豆腐で、ここで初めて食べました。ごくわずかに入れたつゆと良くマッチします。
どあひそば豆腐

  店内にはテーブル席が4卓あって、どの席からも森を見ながらくつろげます。鳥の多いのも自然を深く感じる一因かもしれません。冬でも薪のだるまストーブで寒さを感じません。
どあひだるまストーブ

  店の前には農道が通っていますが、その両側に駐車スペースがあります。山の中のひなびたそばやの全景です。
どあひ全景

  そばを食べるときの楽しみの一つに、そば湯を飲むのも大事な事柄です。ここのそば湯は絶品です。とにかく濃い。
  ここは、そばを食べに通うには我が家からはちょっと遠い。でも旨さを知ってからは良く通います。
  今までは、火水が定休日だったのですが、最近木曜日も加わった。週休3日。そばを挽くのも打つのも重労働だから、年齢的にはきつくなっているのかなと、勝手な想像をしています。

  GG


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鈴川の富士塚 このはなさくやひめ 富士山麓ガイド

 富士山麓ガイド

  富士市の田子の浦港の近くに、富士塚があります。所在地から鈴川の富士塚と呼ばれています。この富士塚の詳しい築造時期は明らかではありませんが、室町時代後期から江戸時代初期までさかのぼるという説があります。

  江戸時代中期以降に関東地方中心に隆盛した富士講によってたくさんの富士塚が築かれました。しかし鈴川の富士塚は性質や形状などが関東のものとは異なり、それ以前の富士山信仰に基づいて築かれたものだと考えられています。


  鈴川の富士塚には、お参りする人のための駐車場があります。東海道線の吉原駅から歩いてもそんなに遠くはありません。
境内に向かうと鳥居があります。そこを頭を下げて入ると神域です。


鈴川の富士塚とりい

   すぐ富士塚が見えてきます。現在の富士塚は昭和51年、鈴川区が古老の記憶に従って復元したものです。玉石をコンクリートで固めてあったので、発掘調査した結果、中に昔の玉石が詰まれたものが出てきたので、間違いなく昔からの富士塚であることが確認できたそうです。その際、上部が切り取られたので以前より低くなったそうです。その分富士山の姿が良く見えるようになったということでした。

鈴川の富士塚

  頂上には「浅間宮」の祠があり、木之花咲耶姫(このはなさくやひめ)が祀られています。

鈴川の富士塚 祠

  地元の人が、この場所からの親子富士がもっとも形が良いと教えてくれた場所から撮りましたが、あいにくの天気で富士山が写真に写りません。露出を補正して何とか親子富士になりました。

鈴川の富士塚 親子富士

  室町時代から江戸時代にかけて、吉原港に上陸した修験道の富士道者が海岸の水辺で水垢離を行い、玉石一つを浅間宮の祠に捧げ登山の安泰を祈った富士山信仰の霊場であった場所ということがわかりました。

   今でも海抜0mから富士山の頂上まで向かう人は、この富士塚に安全を祈願してから登るそうです。

GG    

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